ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

キリスト教の葬式。

先日、はじめてキリスト教(プロテスタント)の葬式に参列しました。

一般的な仏教の葬式も、神道の葬式にも出たことがありますが、

賛美歌と花で送られる教会での葬式は、信者でなくても心に残る式でした。

 

余計な(と思われる)儀式が削ぎ落とされ、

御香典等もいっさい受けつけず、

かしこまった礼儀作法も問われず、

遺族や親族以外に駆けつけた信者の方々が、賛美歌を朗々と歌い、

生前から個人と親交のあった牧師が思い出話を語り、

みんなで花を手向け、

厳かなピアノの旋律で心穏やかに執り行われた今回の葬式は、

参列した私たち家族にとっても、

「葬式とは何か」を考えさせられるいい機会になりました。

 

息子はペンタゴンローズを赤い和紙で折り、大おばあちゃんの棺に添えました。

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これは会食の際、息子が賛美歌のプリントで折った同じ形のローズ。

 

いろんな価値観があると思いますが、

私は元々、生死に対してそれほど執着がない方なので、

人が亡くなったと聞いて、真っ先に思うのは、

ああ、無事に亡くなることができてよかったなぁ〜ということ。

 

ある意味、出産に近い感情と言えばご理解いただけるでしょうか。

 

寿命あるものは仕方がない。

病気であろうが事故であろうが、運命だと受け入れる。

そんな境地にたどり着ければいいなと。

 

ただ、自分の死に様だけは考えますけどね。

病気であろうが事故であろうが、潔い人生を送りたいですな。

 

ただ、残されたものの負担を軽くするにはどうしたらいいのかは、

つねに考えています。

 

自分のことは忘れてもらっても構わない。

 

それよりも自分が亡くなったことで人生が狂ってしまうような、

お互いを束縛しあう人間関係は築きたくないので、

私がいなくなっても家族が明るくたくましく生きていけるようにすることが、

今の私の理想です。

 

牧師さんが言ってました。

葬式は残った人たちの負担になるものであってはならない。

 

たしかに。

 

悲しいだけのお葬式はいらない。

葬式がシンプルなら、香典もいらない。

体裁だけのお悔やみもいらない。

寂しいところに置いてけぼりの墓もいらない。

 

賛美歌でなくとも、好きな歌を歌って見送ってほしいねと

夫と子供達と話し合いました。

 

とにかく、めっちゃエエ声だったんですよ。

 

おそらく信者さんなんですが、私たち家族の後ろの席に座られた方が

ご夫婦で賛美歌をめっちゃエエ声で歌うので、聞き惚れてしまいました。

 

火葬場で歌った牧師さんも素敵な歌声だったなぁ。

 

子供達も同じことを感じていたようで、音楽葬がいいな!とかいっていました。

夫も賛美歌をYouTubeで検索しまくってました。

 

娘は合唱曲の大地讃頌がいいねぇと言ったので、私も好きな歌なので、

私が死ぬまでにみなさんそれぞれのパートを練習しておくように笑

 

不謹慎に思われる方もいらっしゃるのでしょうが、

こうして別れときちんと向き合える事が大事なのだと思います。

 

 

 

目をそらさず、ふたを閉じないで、

自分の亡き後のこと、家族が亡き後のこと、

健康なうちに、冗談が通じるうちに、家族でしておくといいと思います。

 

遺族のエゴを通し、故人の望まぬ葬式の方がよほど不謹慎ですよ。

私だったら勝手にやられたくないですね。

個人的には駿河湾に散骨がいいなと思っているので、散骨業者もググりましたよ〜。

今は葬式もいろいろあるんですよね。

 

いざというときに残された人が悩まないように

普段からこうした意思の疎通が必要なんだと思います。

 

この話は整理収納でも遺品整理の分野に関係してきますね。

 

人もモノも必ず役目を終える時期が来るということ。

 

ゴールが決まれば、それに向かって自分がこれからどう生きていきたいのかが

なんとなく見えてくるはず。

モノもいずれ捨てるということを考えれば、

むやみやたらに買うこともなくなります。

 

話がそれましたが、様々な宗教の葬式を経験して、

死に対しての考え方の違いに触れ、

また、国によっても違いがあることを含めても、

葬式はこうでなくちゃいけないというもんでもないんだなぁと

改めて感じた出来事でした。