ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

被災地に送ると迷惑なもの。

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最近始めたばかり(使い方がよくわかっていない汗)のツイッターでもつぶやきましたが、被災地へ送る支援物資にも注意が必要だというニュースを読みました。

 

 

送る側にとっては、おそらく善意でしかないのだろうけど、何かあるといてもたってもいられず、自分に何ができるかを考えて、ひねり出した結果、こんなことしかできないわという自分の「どうすることもできない想い」を伝えるために千羽鶴や寄せ書きを送ったり、とにかく何でもいいかと中古品を送ったりするのはかえって迷惑ですよという記事です。

 

避難所によってはせっかくの救援物資がミスマッチでさばききれず、処分しているという記事も目にします。

整理収納アドバイザーとしてはとても気になります。

 

避難所のスペースの仕切り方や情報伝達や、指示系統など、行政はこれを教訓に全国でシミュレーションすべきだと思います。

うちのところはこんな地震はこないだろうとタカをくくっていてはいけません。

 

気になる報道はいっぱいありますが、息子が折り紙好きということもあり、千羽鶴の扱いについて考えてみたいと思います。

 

千羽鶴は平和への祈りの象徴という印象が強いですが、残念ながら、ヒロシマやナガサキに善意で送られた千羽鶴が、毎年多額のお金をかけて処分されているのが現状です。

もらった方も文句を言えない代物ではあるし、扱いに困るのは容易に想像ができます。

 

折り紙や手作りのメッセージカードなんかもそうですが、送る相手のことを想いながら作るので、念が入るものでもあります。

もう一つの側面に作っている人の心を落ち着かせる癒しの効果があるのも事実です。

また、うがった見方をすれば、作る人の自己満足とも捉えられるでしょう。

 

あげる側は気持ちが高揚していても、もらう側にとってはぞんざいに扱えず、ずいぶんと重たいものなのかなとも思います。

 

プレゼントは贈る側の自己満足の話を以前もブログに書きましたが、その善意でしかない気持ちを受け止めるだけの余裕があれば、どんなものでも嬉しいと感じることもできますが、被災地はどうでしょう。

 

そんな善意を好意的に受け止めるだけの余裕が果たしてあるでしょうか。

 

現実的には、今すぐ欲しいものが他にも色々あるはずです。

 

千羽鶴などの折り紙は確かに折ってる人にとっては自分の心を鎮める癒しの効果があるので、励ますために作って人にあげるのではなく、逆に避難所で暮らす人たち自身がいのりを込めておるのなら、千羽鶴も心のセラピーアイテムとして役に立つんだと思うのです。

 

そして、その念の入った千羽鶴は状況が落ち着いた時に処分して、その当時の想いを昇華するべきだと思います。

 

折り紙は生産的な暇つぶしでもあり、不安な心を一時的でも忘れることができる癒しでもあり、身代わりとして想いを昇華することができる素敵なアイテムなんですが、厄介者、邪魔者扱いされるのが本当に心痛みます。

 

折り紙の持つセラピー的な力を、もっと違った形で活用できるといいなと思いました。