ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

物欲の塊というパワーワード。

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物欲の塊というと、私がかつて成り立てのホヤホヤのおぼこい放送委員(中1の春)だった頃、お昼の放送の偉人伝物語の朗読で、かの中臣鎌足を

「中臣の塊」

と最後まで何の疑いもなく押し通して読みきったことを思い出します。その後の帰りの会で、担任に血祭りにあげられたのも今となっては甘酸っぱい青春の思い出。

数十年経った今、

お片づけの現場に行く度に「私・・・物欲の塊なんです。」という言葉をこんなにも聞くとはよもや思ってもいませんでしたが、その度に私の「中臣の塊」事件までも思い出してしまうとはこれいかに。

 

それにしても「物欲の塊」という鬼気迫る字ヅラもなかなか凄みがあります。

どうしようもない人間の業をひしひしと感じますね。

 

物欲の塊製造機

今日のラジオ「垣花正あなたとハッピー」で、ホリエモンの獄中サンダル(市価380円)を1万円で競り落とし、事故物件までコレクションしている某経済アナリストの森永氏(物欲の塊?)が、今の若者は贅沢をしないから物を買わないと嘆いていました。垣花さんとバブル期の話で盛り上がってましたが、「クリスマスといえばイタ飯&シティーホテル、デートといえば高級車ドライブ、プレゼントといえばオープンハート・・・」とドラマや雑誌の受け売りのような画一的な消費戦略が効かなくなってきていて、趣味や価値観の多様化で、昔ほど簡単に的が絞りきれず苦戦しているのでしょうね。私は非バブルなので物を買わない今の若い世代の走りのほうだと思います。女といえば花とケーキ買っときゃいいんだろ?的なバブル夫の幻想をことごとく撃ち砕いてきました。

 

それでも世の中は人間に消費を促すシステムを構築し、煽ってきます。物欲の塊になるように仕向けているのです。ギフハフかな?煽られるままに買ってしまってなるものか!という自制心がなければ物欲の塊になる可能性は誰にだってあるわけで。

 

おっと、誰かが来たようd

 

 

物欲の塊にならないために

自分にとって必要なのか。

代わりになるものはないか。

今すぐじゃないとダメなのか。

その金額を出しても欲しいのか。

維持費はどうか。

置き場所はあるのか。

身の丈に合っているのか。

快楽のための消費なのか、未来への投資なのか。

それを手に入れることで失うものはあるか。

 

ただ欲しい、どうしても手に入れたいという感情は子供の駄々っ子と同じ。

床を転げ回って暴れて泣き叫んで醜態を晒すことと全く同じだと思って自制しています。

私は欲しいものがあった時、すぐに買わないようにしています。数日〜数ヶ月ほど寝かせて、それでもやっぱり欲しいと思ったら買うようにしています。中には売り切れてしまうものもあります。そうしたら「縁がなかったんだ、買わなくてよかったんだ」と諦めます。ネットショッピングのカートも一呼吸おきます。数日後には何をポチったかも忘れるくらいなので、それほど必要なものでもなかったのでしょう。

でも欲しいと思う理想的なものが売っていなくてずっと探しているものもあります。そういうものは見つけ次第買います。でもなかなかありません。5年くらい経つと巷に出回るんですけどね。

 

ここのところ物欲の塊に飲み込まれそうになっていると感じている方は、欲しいものがすぐに手に入る環境から一度遠ざかってみるといいかもしれません。

 

デフレ脱却?

ものを買わなくなれば、経済が回らなくなると森永氏も言っていますが、

 

大量生産

大量消費

大量廃棄

 

過剰供給

過剰包装

過剰サービス

 

こんな世の中の方向性も間違っているのではと思います。

別に贅沢や高級志向が悪いとは言いませんが、営利目的の中身のない虚飾のブランドは淘汰されていくべきだと思います。それには消費者の厳しい目が必要です。物欲の塊になっている場合ではないのです。バブルはあくまでもバブルなのです。

それよりも手間や技術、素材のこだわり、アイディアなどへの対価を正当に評価して支払った方が健全な気がします。

デフレ脱却の鍵になるかもしれませんね。

 

なんだか大風呂敷を広げすぎたのでこの辺で。

ちゃお!