ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

時間に縛られた生き方からの解放。

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難しいことを考えるのが好きだ。

これ以上もう理解できないという臨界点に達して頭の中が飽和状態になる瞬間を体感できるからだ。

 

最近こんな記事を読んだ。

gendai.ismedia.jp

 

中でも気になったのはこの辺り。

労働が「何かをつくりだすこと」から、その作業に従事する時間に変わった。
労働を人間的なものに変えることだ。時間管理でしかないような労働からは、人間的な労働は生みだされない。

 

時間に対するストレス 。

皆さんはいくつ心当たりがありますか?

 

  • 賃金の発生しない時間外労働は一切したくない。
  • 時間内でテキトーにやっていればお金がもらえる時間給の仕事は楽だしオイシイと思う。
  • 私の時給は高いのよ!と思いながらも、しぶしぶ無償で家事や家族や地域の子供達の世話を焼いている。
  • 長い時間をかけて成果を出す人よりも、短い時間で成果を出す人が評価されがち。
  • 無駄な時間はできるだけ過ごしたくない。
  • 高い料金を払ってでも移動時間を短縮したり快適にしたい。

 

時間に追われれば余裕がなくなる。
時間に余裕がないと感じるとそれは「忙しい」という言葉に変わる。
退屈な時間も時には苦痛である。
だから駆られるように生き急ぐ。

 

いかに時間に縛られた生活をしているか。

 

時間に支配されているからこそ、
私の時給イコール自分の価値と捉えて、損得を計算してしまう。
いかに楽して高い時給を得るかが焦点になってくる。

 

時間給の中でいかに楽をするかという発想や、何もかも効率の良さという尺度で仕事を当てはめてしまうのは危険だと私は考える。
いつまでも時間軸にばかりこだわっていると、時間軸が得意分野のもっと有能な人工知能に乗っ取られてしまうかもね。

 

時間で管理するのは管理する側にとって都合が良いから。
秩序を保つには優秀なツールだと思う。

さらに時間は都合の良いように言い訳にすることができるから便利だな。


もしも
この世から時間をなくしたらどうなるだろう。

 

もともと時間なんてあってないようなもの。
ただの概念に過ぎないでしょ。


過去未来も存在しない。今この瞬間が全て。


各々が自分のペースで生活し、それで成り立つ社会。

それこそユニークな暮らしが実現できそう。

 


朝昼晩の太陽の動きと四季があればなんとかやっていけそうな感じもする。


時計がなかった昔はそれでも成り立っていたんだなぁと思うと感慨深い。

 

そういえば「テレビ」も時間を意識させるもの。

私たちは時間と共生しているように見えて、実は見えない何かに勝手に管理されているだけにすぎないのかもしれない。

 

 

 

こんなふうに時を忘れてしばし没頭することが、ストレス解消になっている。

時を忘れるって人間にとって必要なことかもしれないね。