ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

ものが手放せない人に自覚して欲しいこと。

私は片付けとお掃除の仕事をしているので、よく個人宅に伺うのですが、片付けにお悩みの方の家は必ずと言っていいほど空気の淀みを感じます。

その「どよんとした空気感」は程度の問題もあるし、部屋ごとや部分部分で違いはありますが、しかし私の目にははっきりと「物の屍」たちの負のオーラが見えております。

 

たとえ老眼でも見えちゃうものはしょうがない。

これは一種の能力使いだと思っています。

(ちなみに視力はめっちゃいいのですが、おばけや幽霊を見たことがありません。なのでお化けより生きている人間の方がよほど怖いです。)

 

亡骸があちこちに放置されている部屋はまるでゴーストタウンに見えます。

一見景色に溶け込み、存在感を消してひっそり場所を占拠している住所不定無職の物たちがひしめきあっています。

 

なんでも隠す収納がもてはやされた時期もありましたが、もはや隠すスペースすらない、むしろ隠す気概すら失うほど物があふれていて、負のオーラがだだ漏れしている状態です。

 

そんな、家人が手をつけたくても付け入る隙を与えなかった負のオーラが漂っている部分を、私がかわりに「えいやっ」とほじくり出すと、大量のホコリとともに物の亡骸が4次元の世界から3次元の現実世界へと引っ張り出されてくるのです。

 

そんなブラックホールの彼方に追いやられていた物が、過去から現在へ目の前に現れると、今までの雑な扱いを棚に上げて必ずみなさんこう言います。

 

「こんなところにあった。ずっと探してた。まだ使える。捨てないでとっておく。」

 

物を見たり触ったり匂いを嗅いだりすると、いろんな情報や記憶が呼び覚まされます。

 

そんな刺激を受けた脳にはこういった命令が下されてしまうのです。

 

 

「捨てるには惜しい・・・」

 

 

実際に使うものなら何の問題もありません。

 

でもたいていの場合は、その代わりに現在進行形で使っているものがあるはずなのです。もうすでにその席は埋まってしまっていることが多いのです。

似たようなものがいくつもあっても結局使いこなせません。

探してもみつからないし、どこに置いたかも覚えてない、あったことすら記憶にないものを家中ひっくり返して探すよりは、新しく買ってしまった方が早いのが現実です。

 

遠距離で音信不通になってしまった恋人よりも近くの都合のいい浮気相手と言ったら表現が悪いのかもしれないですが、新しい恋人を迎え入れている時点でもうお察しですよ。

 

だから後生大事に取っておいても、たいていの人は新しく、手軽に手に入る、使い勝手のいいものに飛びつく習性があるので、結局は使わないものがほとんどなのです。

 

こんなに流通が発達した世の中で、必要な時に手に入らない物ってそうそうないのでは。

 

 

 

 

私は物が多い家を「超個人的歴史資料館に間借りしている状態」だと位置付けています。

どんだけ有名な方かは存じませんが、当の本人はせっせこせっせこ自分にまつわる全ての歴史を捨てないで取っておいているのです。しかし他人には全く興味が湧かない歴史資料館です。

アイドルやスター、偉人なら飲みかけのペットボトルや鼻かんだティッシュでも資料として展示する価値はあるかもしれませんが。

スミソニアン博物館のようにきちんと資料に秩序や一貫性があって管理保存が徹底されていればそれはそれで面白いと思いますが、全くポリシーを感じられず、雑な扱いで、節操ない物の収集に誰も興味を示す人はいません。すでに自分が人気のない歴史資料館の館長であるという自覚があるのなら問題ありませんが、客観的にみればそういうことです。

 

ものが手放せない、過去のものが断ち切れない、思い出が捨てられないという人は、おそらく心の卒業ができていない人だと思われます。

1年12ヶ月、春夏秋冬、暦にはいくつかの節目があります。結婚・妊娠・出産・子育て・入学・卒業・成人式・就職・退職・出会いと別れ、そして永遠の別れ。

そんな人生の節目を迎えた時に、その場できちんと過去の問題や不安を整理せず、見過ごしたり、先送りしている人は、新しい人生のスタートを思い切って踏み込むことができません。

必要に迫られて何かを手放さなくてはならない時は、何かしら心情的な変化の兆しでもあるのですが、うまく手放せずにいると、その変化の機会をつぶしてしまい、新しいステージの扉を自ら閉めてしまうことになります。

変化を極端に嫌う人もいますが、物と年齢は確実に増えているという変化に気づいていないのだと思います。

 

変化を受け入れるより、現状を維持する方が大変な労力なのかもしれません。

 

他人を変えるのはなかなか大変なので、あくまでも自分で気づいてもらうしかないのですが。

 

そこで、

それでも捨てられない自分を変えたい!という人は、どうしても捨てられない熱い思いを物一つにつき原稿用紙3枚にまとめて提出してください。

 

そこまでして手放したくなくないのなら本物です。

 

管理と保存がきちんとできていれば誰も文句は言いません。是非立派な自分歴史資料館を建てて、入観料で元が取れるまで頑張ってください。

 

 

ちなみに私の場合、思い出の物は実際に自分の葬式の際に親族たちの話のネタになりそうな物という基準で取っておこうと考えています。もちろん、その時々のライフステージで違うので、節目節目で更新されていくのがいいと思います。

こんなの後から見てもしゃあないだろというのは処分しています。人に見られてやばいものや黒歴史もどうにか抹殺しておくべきです。

 

 

コツは常に「家宅捜索」を意識しておくことです。

※別にこれと言ってやばいものはないけれども

 

 

逆に遺品がありすぎると、きっと家族から文句タラタラで恨まれますよ。

無駄に意味のないものを残しておくとそれはそれでミステリーで面白いですけれど。