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粘膜下子宮筋腫の子宮鏡下手術の備忘録〜渾身の前編

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子宮筋腫問題が気になっていた方お待たせいたしました。

ようやく体がブログを書くまでに回復してきましたので、私が経験した一連の手術の顛末を備忘録として記していきたいと思います。

 

過去記事はこちら。

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粘膜下子宮筋腫の診断

子宮筋腫が発覚したのは6月下旬。

8月に計画した旅行にちょうど生理の時期が重なってしまうことに気づき、もともと生理痛がひどく、毎度の出血も大量で長時間のフライトに耐えられるか心配だったので、そういえば薬(ピル)とかで調節できるのかな〜?なんて軽い気持ちで婦人科に予約をいれたのが始まりです。

 

こんな積極的な理由でもない限り、なんだかんだ苦痛な婦人科の診察をわざわざ受けることもなかったでしょう。

 

しかし実際は婦人科の予約を入れるだいぶ前から不正出血、月経困難、大量出血、腰痛、微熱、倦怠感が日常的にあり、仕事が目一杯で忙しく、限界(ぶっ倒れる)に達する一歩手前まで来ていたように思います。このままでは仕事も日常生活もままならず、気になる症状もあったので、ついでにとばかり婦人科検診を受けました。

 

ちなみに1年数ヶ月前にも不正出血が続いていたので、気になって受けた子宮がん&子宮頸がん検診の時は特に異常はなく、その時点では筋腫も発見されませんでした。

 

しかし今回は内診と超音波検査で粘膜下に2.1×1.4cmの子宮筋腫ありと診断され、血液検査でもヘモグロビン値が8.8(健康な値は約11〜15)でした。

「まあ妥当な症状でしょうね〜フラフラするでしょ?早めに手術しちゃう?スッキリするわよー。閉経まで待ってるの耐えられないでしょ?」

と女医さんに手術を勧められました。

私は学生時代からの貧血キャリアでひどい時は6以下になったりしていたので、8.8ならまぁまぁ優秀!と思いつつ、「あなた血の気多そうに見えるのにね〜。」なんて女医さんにイジられつつ、鉄剤と胃腸薬(鉄剤がいつも体に合わないので)をもらい、仕事もお休みをいただき、栄養と鉄分を摂る生活を心がけ、心おだやかに過ごしていました。

食っちゃ寝ゴロゴロしてたら少し肥えてきました。

 

www.skincare-univ.com

 

子宮鏡下の手術

私が診断された粘膜下子宮筋腫は、女性の約4人に1人と言われている子宮筋腫患者のうちの15%〜20%くらいの発症率ですが、筋腫の大きさにかかわらず直接的な症状が出やすく、貧血など日常生活に支障をきたすことが多いので、たいていの場合早めの手術を勧められるようです。

子宮筋腫というと子宮全摘とかよく聞きますが、粘膜下筋腫の場合は、体にメスを入れる開腹手術や腹腔鏡手術ではなく、子宮鏡下(内視鏡)での手術が可能なので、子宮を温存したまま体への負担を最小限にとどめることができ、復帰も早いと言われています。

 

ようするに粘膜下子宮筋腫は症状が派手な割に手術は比較的簡単に済むのが特徴(発見が早ければ)です。

 

なんか粘膜下、子宮鏡下って下下うっとおしいですね。

 

しかし、どこの病院でもこの手術ができるというわけではなく、じつは子宮鏡下手術(TCR)をしてもらえる病院は限られているのです。できる医者が少ないんだな。儲けがないからかしら?

 

浦和の婦人科を受診して、子宮鏡下手術が可能な病院として紹介されたのが、一番近くて岩槻の丸山病院(TRFサムのご実家)か埼玉医大(毛呂山 遠っ!)あとは川崎の川崎病院(遠っ!)でした。

私の住んでいる関東近辺ではこの3つしかないなんて。よほど儲からない手jy

一番自宅から近くて岩槻駅からも徒歩圏内でしたので岩槻の丸山病院で手術することにしました。

巷の子供達が夏休みでざわつく7月のこの時期、ラッキーなことに空いていたので、紹介状を持っていった日に入院前検査と手続きをし、翌週には手術をすることに。

 

入院前に、前夜祭も兼ねて友達とカラオケに行き、丸山病院といえば安室奈美恵とTRF&小室ファミリー縛りで歌いまくってきました。(ちなみに主治医はサムの弟)

 

入院の日 

カラオケの禊の儀式も終わり、月曜日の朝に入院しました。

 

血圧測ったり採血したり一通りの検査をして麻酔医の診察を受け、歯科検診を受けたあと昼食夕食はフツーにいただき、本と漫画を4冊読破したあと19時半過ぎに内診室へ。一番イヤだった恐怖のラミナリア注入ですよ。

い、いやぁあああああああ!うぐぐぐぐ。おえーーーー。

なんども入れられている(子供二人いるもんで)ので痛みは覚悟していましたがやっぱり痛い。

あんまり痛かったもんで痛み止めをもらい、やっと落ち着いてきたのでその日はそのまま就寝しました。睡眠導入剤も処方されたんですが、あんまり効かなかったなぁ。夜中もパカパカ目を覚ましていました。

 

手術当日のドキュメント

翌朝は絶食中なので、経口補水薬3本ノルマをなんとかこなしながら、心穏やかに午前中を過ごしました。この時間にシャワーも浴びてます。

午後、夫と息子が病院に到着。私は絶食中だというのに、ラウンジでこれ見よがしに冷やし中華とサンドイッチを貪る夫と息子。

退院の日が病院の休診日だったので、前日に会計を済ませました。子宮鏡下手術2泊3日の入院で全部で10万を少し出るくらいでした。

 

手術は14時以降と聞いていたので、呼ばれるまで3人でそれぞれ暇をつぶしていました。病室は4人部屋だったんですが、夫と息子が変なことを言ってくるのでなんだかんだ笑いを押し殺したりして過ごしました。

 

17時にやっと声がかかり、前の方の手術が長引いているので、続けてすぐに始められるように準備しますと手術室に呼ばれ、私は自力でストレッチャーに上がりドナドナ運ばれていきました。

天井の雨漏りの跡を見つけながらドナドナしているうちに丸山病院の古い旧館に運ばれ、かなり年季の入ったタイル張りのいかにも古めかしい手術室に到着。ドクターXで観ていたやつとだいぶ違うやんけ。

 

手術室に入る手前で

「お手柔らかにお願いします。デリケートなもんで。」

と一言言って看護師に鼻で笑われるも気丈に対応する自分。まだ余裕。

 

隣でまだ手術中の人がいてやり取りが聞こえているにもかかわらず、手術台に移され、術着を剥がされ、点滴を入れられ、

麻酔医に「どうですか?気分は?」と聞かれたので、

 

私「腹が減った〜」

麻酔科医「何が食べたい?」

私「あ〜うなぎ〜うな重〜」

麻酔科医「(土用の丑の日のタイムリーなネタをぶっこんだのに案外反応薄く)じゃあ終わったら食べてね〜。ハイ、今から麻酔入れるよ〜。」

 

ちゅ〜〜〜〜〜〜〜

全身がゾワゾワして意識を失いました。

 

***********

 

ぼんやり意識が戻った頃には全てが終わっていました。

ストレッチャーで観察室に運ばれた頃には18時を回っていました。術後の血圧や体温などの経過を1時間おきに見ていき、点滴と導尿カテーテルに繋がれている間の3時間は病室に戻らずここで過ごすことになります。

お腹はチクチク痛みましたが、我慢できないほどではありませんでした。

 

夫と息子はどうやら主治医の先生から切除された血だまりの筋腫を見せてもらったようで、少し青ざめていました。

つか、多感な中学男子に見せて良いものなのか?まあいいか。

息子よこれが女のサダメなのだよ。だから大切に扱ってね。

 

夫が主治医から聞いた話では、思ってた以上に手術が難儀だったようですが、おかげさまで無事終わりました。

 

20時の面会終了時間に夫と息子は家に帰り、21時過ぎにようやく導尿カテーテルと点滴から解放されたものの、病棟はすでに消灯時間。真っ暗よ。

点滴が外れたら軽食を食べていいことになっていたので、暗い病室で陰気に菓子パンをかじり、お茶で流し込み、暗い洗面所で歯磨きして就寝しました。

 

退院の日

朝イチで退院診察を受け、特に異常もなく、朝食食べたらとっとと家に帰ってよしだったので、9時頃迎えに来てくれた夫とともに病院を去りました。

昨日の今日なんで、お腹がなんとなく痛いのと、排尿時に痛い(導尿カテーテルの傷)のがしばらく続きました。出血はそれほどなかったなぁ。

 

久しぶりに家に帰ると、そこには地獄の光景が待っていたのでした・・・。

 

 

長くなったので後編に続きます。

 

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