ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

母親が家を空けるということ、そして再入院。〜怒涛の後編〜

f:id:lifestylerepair:20170817151451j:plain

1%の需要に応えた看護師フリー写真素材サイト スキマナース

 

粘膜下子宮筋腫の子宮鏡下手術、怒涛の後編です。

渾身の前編はこちらから↓

www.uniqueliving.xyz

 

一旦話は入院前にさかのぼりますが、手術の日どりが1週間後と想定よりも早めに設定されたため、急いで入院準備を進めておりました。たくさんの必要書類に色々と書き込んだり、当日必要なものを買いそろえたり、お金を下ろしてきたり。

荷物のパッケージについては2泊3日の旅行と思えばそれほど苦ではないのですが、そんなことより大事なのは「指示」と「根回し」です。

私がいない間の家に関する政(まつりごと)を夫と子供達に細かく指示しておかなくてはいけません。そのためにも物の配置を分かりやすく整理してきれいにしておくという根回しが必要なのです。

 

ゴミ出しの曜日や分別の仕方、生活必需品、ストック、調味料や食料の位置の確認、銀行の振り込み・・・とにかく確実にやらなくちゃいけないことを書き出して担当を決め、そのやり方をいちいち説明しなければなりません。

 

そうこうしているうちに色んなことが目につき始め、仕事をしていた時には忙しくて手がつけられなかった部分、たとえば換気扇やキッチンの水回りをいそいそと掃除しだし、風呂もピカピカに磨き上げ、書類の分別をし、使えない筆記用具を処分し、気になっていたモヤモヤを一気に片付けました。

 

それはさながら生前整理のように。

  

一部始終を見ていた息子(中2)がまた怯えた目で、

「なんでそこまで片付けるの?手術すると死んじゃうの?ねぇ?」

とカラんでくるので、

「知らんがな!」

と一蹴し、私がいない間、家族が滞りなく快適に過ごせるようにと準備をすすめました。

 

本当はもっと放っておいてもいいのかもしれない。

 

人間はほこりでは死なないように、Gのようにたくましく生きていく、そんなものかもしれません。

でもこの指示と根回しをしておくのとしていないのでは、後々の私にかかってくる負担とストレスが全く違ってくるのです。

私は旅行前に家の掃除と洗濯は済ませていきたい派です。

なぜなら疲れて帰ってきて荒んだ家でマイナスからのスタートをするのが嫌だからです。

だから動けて体力のあるうちにやるべきことをやっておくのです。

 

こんな感じでそこそこ身辺整理をし、

以下のような色々痛い思いをしつつも、

www.uniqueliving.xyz

 

無事2泊3日の入院から帰ってきました。

しかしそこには地獄の光景が。

 

  • テレビがつけっぱなし(レコーダーの入力の云々で話すと長くなるので割愛)。
  • 洗濯物がたまりっぱなし。
  • 賞味期限の切れた食べ物が常温で放置されたまま。
  • 銀行の入金忘れ。
  • ゴミの捨て忘れの箇所発見。
  • そして相変わらず荒んだ子供達の机の上と手付かずで放置された夏休みの宿題。
  • 誰一人床にクイックルワイパーすらかけた痕跡がない。

 

まぁ仕方がない。

私の教育の仕方が悪かったんだ。

たかが2泊3日の出来事じゃないかとすべてを受け入れ、家族もそれぞれ仕事や学校に出かけてしまったので、昨日の今日(しかも昨晩手術したばっか)なのに、ゴソゴソモソモソと洗濯片付け掃除をおっぱじめてしまいました。

 

そんなに体調も悪いわけではなかったし。

 

私が元気そうに振る舞えば振る舞うほど、安堵した家族は私に依存し、その日の夕飯も口を開けてただ待つだけのありふれた日常に戻っていくのです。

 

その翌日。

出血は続いていましたが、ようやく排尿痛が和らいできました。

こうして私の身体は徐々に回復していくんだろうなと漫然と思っていました。

 

夫の両親や静岡の実家の両親、近所に住む妹家族がわざわざウチに見舞いに来て、ワーワー飲み食いをするので、

「人が家に来ると結局動かなくちゃならないのよね。」

なんて愚痴をこぼしながら、じっとしていられない性格のため、お茶を出したり、配膳したり、後片付けをしたりしていました。

 

夕方5時、宴の賑やかな時が過ぎみんなが帰った後、ふと体のだるさに気づきました。

 

「なんだか熱っぽいなぁ。」

 

いつもの微熱だろうとタカをくくっていましたが、だんだん口の中がボワンとしてきて、身体のあちこちがヒリヒリしだし、あれよあれよという間に全身の震えが止まらなくなってきたのです。

熱をはかると38.0℃でした。

急激な発熱です。

外は猛暑日だというのに寒さでガタガタと震え、寝室で毛布をかぶっても手足が冷たく、激しい頭痛と悪寒に耐えていると、息子が必死になって足を温めてくれていました。

 

苦しい〜寒い〜熱い〜頭が痛い〜

 

いよいよ熱も38.9℃にまで上がり、朦朧とする中、息子は相変わらず必死になって私の足をマッサージしながら何度も「大丈夫?」と声をかけてくれていたのを覚えています。

熱に浮かされながらも2階にいる夫と娘に残り物の食材が冷蔵庫にあるので夕飯の支度の指示を伝えるように息子に言うのですが、私の容体が心配な息子はいつまでたってもそばを離れようとしません。

私の分はいいからとにかく家族3人にご飯を食べてもらわないと!という使命感でいっぱいでした。

 

そうこうしているうちに夜の8時を過ぎたにもかかわらず、夫と娘が夕飯の支度をする気配が一向にないので、

「私がこんな状態でもあの2人は私が料理を用意するまでただ口を開けて待っているのか・・・」

と悲しい気持ちになり、ますます虚無感が襲ってきました。

 

一向に震えが止まらないので、さすがにこれは術後の私の身体の中でなにか異変が起きているに違いないと思い、夫を呼びました。夫は息子の切羽詰まった顔で私の異常事態にようやく気づき、病院に連絡し、カーシェアリングを予約し、夜の9時を過ぎていましたが病院まで連れてってくれました。

 

私はなぜか病院に向かう車の中で、熱に浮かされながらも、道の指示を出したり、身体の状態を実況中継したり、熱の割にはハイテンションで喋っていました。こうして喋っていないと自分が保てない状況だったのかもしれません。しっかりしなくちゃ、気を確かにしなくちゃとギリギリの精神状態で病院に着くと、車椅子に乗せられ、意識が朦朧とした中で診察台で内診を受け、血液を抜かれ、レントゲンとMRIを撮らされ、点滴をつながれて、あえなく夜中の再入院となってしまいました。

 

私は点滴を受けるといつも心臓が冷たくなるのを感じます。そして全身にゆっくり点滴が駆け巡っていくのがなんとなくわかるので、効き目を感じるのも早い方だと思います。

 

あーキタコレ来たよー。

 

解熱剤の点滴がすぐに効いてきたので、頭痛と熱から解放され、少しづつ意識がはっきりして、視界が開けていきました。普通に会話ができるまでになったので日付が変わる前に翌日出張の夫と心配でついてきた息子が家に帰っていきました。

点滴の抗生剤が強すぎたのか、入れた途端にお腹がキュルキュル鳴ってあっという間に下痢ですよ。正直だなぁ私の身体。

解熱したからそのうち大量の汗をかくよと言われ、どんなもんかとワクワクしてましたが、もともと汗をあまりかかない私は熱が下がっても1滴も汗をかく事がなかったです。なんか残念。

 

よくよく考えてみたら昨日の朝までここ(病院)に居たんだよなぁ、もう少し早く熱が出てればいちいち退院しなくても済んだのになぁとかあれこれ考えているうちに病室の天井がぼやけてそのまま眠りにつきました。

 

翌朝聞いたら血液検査の結果も特に悪くなく、可能性としては術後の洗浄が不十分で菌が繁殖したか、処方されていた抗生物質が効かなかったか、いずれにしても発熱の原因は不明とのことでした。熱は下がりましたが、抗生剤による下痢がひどく、体力は確実に落ちてしまいました。

私のいた観察室は隣が分娩室だったので、高熱で点滴につながれた女の横で、命の現場が常に活動していました。しばらく続く陣痛の規則的な叫び声ののちに、新たな生命の力強い産声が聞こえてくると、産婦人科医の激務に思いを馳せながらも、命の誕生の瞬間を壁一枚隔てた空間で共有できた事になんだかとても神妙な気持ちになりました。

 

下痢以外は特に症状も落ち着いたので、早めに退院できるようにお願いし、結局2泊3日の点滴入院で家に帰りました。

 

2回目の退院は発熱と下痢で体力を奪われていたせいか、フラフラめまいはするし、気温の暑さもあってダメージも大きく、帰ってからも1週間ほど家の惨状をなるべく見ないようにしておとなしく寝る事に徹していました。

 

家族も調子に乗って私に無理をさせたことを悪く思ったのか、以前よりも協力的に家事をこなしてくれました。

 

術前に医者から

「子宮鏡下の手術は体に負担が少ないから、退院の翌日から仕事できちゃう人もいるよ〜」

なんてお気楽な話を聞いていたので、自分もそういうもんだと思ってナメていたら、そうでもない人もいるんだということで、やっぱり無理しちゃいけないんだということを改めて思い知らされた2017年の夏でした。

 

元から虚弱体質の私にはやっぱりどんな手術も体力を奪われるものなのだなぁ。

 

そりゃあ、無理をすればなんでもできるけど、やっぱりそれは無理をしているんであって、たとえできたとしてものちにしわ寄せがきてしまう、でもやれって言われたらやっちゃう自分、そしてできちゃう自分、でもそれによって身体を壊す自分、そんなポンコツの自分をもう少し解放してあげたいなぁといろいろと考えさせられた合計1週間の出来事でした。

 

f:id:lifestylerepair:20170817151757j:plain

1%の需要に応えた看護師フリー写真素材サイト スキマナース

ありがとうみんな。サンキューナース。

 

その後に来た生理はそれほど量は多くなかったですが、術後のせいか痛みはそれほど変わらなかったです。でもレバーの塊のようなものがなくなって経血がサラサラしていたのは驚きでした。