ユニークな暮らし

みんな違ってみんないい!整理収納のその先に見えたユニークな暮らしとは。

子供の読解力とインテリアの関係性。

ロボットは東大に入れるのか?でおなじみの新井教授のツイートまとめを読みました。

 

togetter.com

 

難しいことはよくわかりませんが、最近は子供の読解力についていろいろと面白い記事を書かれているなぁという認識です。

 

新井教授の読解力についての言及は私も自分の子供を見て思い当たる節がいっぱいあるので、大変注目しています。

 

息子の驚異的な読解力の無さについては、器用貧乏かつ良妻賢母の私があまりにも察しが良すぎて「みなまで話すな」「わかるぞぉつまりこういうことだろぉ?」と会話のキャッチボールを中途半端に終わらせてしまったのが原因なのではないかと反省しております。クイズ番組でも子供よりも早く正解を口に出して言ってしまう母親はこの世から駆逐すべきだと思います。

 

他にも長女の時間の概念が希薄すぎる件についても、長女が小さかった頃、インテリアを優先してタイ文字時計を使用していたせいなのでは?と反省の日々を送っていたところ、このようなツイートを見かけ、堰を切ったようにリプライしてしまいました。

 

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これではいけないと危機感を覚え、リビングの時計を見やすい算用数字の時計に変えたところ、やっと長女も時間の概念に興味を持つことができ、その後生まれた息子は苦労なく数字に慣れ親しみ時間の概念を身につけたところから、この理論は体感的にあっていると確信しております。

 

この失敗でインテリア(環境)の重要性に気づいてからは、トイレに地図を貼り、何かと見えるところに張り紙をする文化は根付いているし、壁面は全部本棚にしているし、自分が子供にとっていい刺激になると思うことは数年前からすでに実践してきているのですが、結果はいつ出るのかしら。なかなか覚醒しないわ〜。1年後かもしれないし、50年後に花開くのかもしれない。知らんけど。

はたから見たら我が家は生活感満載で、一目見て現役学生のいる家だとわかるでしょう。

おしゃれなインテリアと生活感は両極にあるもので、部屋の統一感やバランスにこだわる人は徹底的に生活感を排除します。

日本語の過剰な文字情報をうるさく感じる人もいます。

地図も資料のように情報がたくさん載っているものもあれば、インテリア向けのシンプルなものがありますが、インテリア向けのものを貼ったところで知的好奇心がくすぐられるかどうかは疑問です。インテリア向けは正確でなかったり情報が間違っている場合もあります。

おしゃれかおしゃれでないかという基準からすると、インテリア界隈では日本語は生活感を際立たせるアイテムとして忌み嫌われているので、おしゃれな瓶に詰め替えたり、日本語を隠したりするテクニックをよく見かけます。

おそらく大人の都合でそういった家で育った子供は読解力は知らんけど、色彩感覚やトータルバランスのセンスは培われるでしょう。

日本語がウザいなら、すべてラベリングを英語で統一したら英語が得意になるかもしれません。

 

その点からすると先ほどのタイ文字時計の失敗は、我が家がタイと何ら関係性がなく、ただ何となくおしゃれだからという理由で使われていただけで、タイ文字に馴染みがなさすぎた結果でしょうね。

 

主体的にブレずに意図があって仕掛けている家ならそれもアリだと思うのですが、問題は家主の個人的な都合のみで構成された何のポリシーも感じられないパターンです。ただの白い壁のシンプルな家を見ると、私も少し不安になります。

 

不安な例としてあげている記事はこちら。

www.uniqueliving.xyz

 

ぶっちゃけ部屋を白とか黒で統一し、都合の悪いものは扉の向こうに隠して物を少なくすれば簡単におしゃれ上級者感を演出できるので、インテリアとして好む方が多くいらっしゃいます。

 

6〜7年前、自宅を建てる時に別のブログでワーワー声を大にして言ってきたのですが、白い壁は落ち着かないし、物を悪目立ちさせる効果があるので、カフェか美容院かおしゃれ上級者でもない限りシロウトが手を出すもんじゃねぇという持論がありまして。

 

もちろん私見ですが、物は散らかることを前提に、多少散らかった状態でも悪目立ちしないためには、木目が効果的なのではないかという結論に。

そんなわけで我が家の壁は一面木目(節あり)で、おかげさまで画びょう、ビスが打ち放題、打ち損じの穴も目立たず、受験テスト期には貼り紙がベタベタと貼られることを良しとしています。

 

ただし、なんでも貼りホーダイだと秩序がなくなるので、ある程度のルールは必要です。

例えば我が家の場合は公序良俗に反するもの、ネガティブメッセージは貼らない、特定の支援者のポスター(推しメン)は自室に貼れなど。

  

やはり何においても必要なのは取捨選択なんです。

主体的に何が必要で何が要らないのか。

要らない情報まで入れようとすると頭の整理が追いつきません。

おしゃれな家だけが読解力向上に適さないのではなく、節操なくごちゃごちゃと散らかった家もまた何かしら影響がありそうな気がします。

 

一方で人間は一度興味を持ったら追求が止まらなくなります。それを逆手に取り、大事なことはもったいぶっておくのも一つの手かもしれません。

大人になったら解禁できるものの必要性も私はアリだと思うので、早く大人になりたいという自立を促すためにも、何でも与えるのではなく、もったいぶったり、こっそり隠しておいたりするのも宝探しのようで面白いです。

子供の好奇心を引き出すためには、家に仕掛けを作っていくことが大事なんだと私は考えています。

 

我が家の場合は、知的好奇心も大事にしていますが、勉強が楽しいと思える仕掛けをほどこしたつもりです。だって勉強は一生していくもの。勉強は楽しくなければ続きません。

おかげで今のところ我が家のお嬢とボンは勉強には抵抗がないようです。結果は…まあ…なんだ…その…置いといて。

 

私が仕掛けたものがどういう影響を与えていくのか、この先の子供達の成長が楽しみです。

読解力の方もいろいろ会話を意識して息子に試しているところです。

 

この新井教授のツイートは今後も興味深く追っていきたいと思っています。ぜひエビデンスを確立していただきたいです。

 

結局エビデンスって言いたかっただけの記事は以上です。

 

 

 

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